「部屋の乱れは心の乱れ」とよく言われますが、禅の世界において掃除は単なる片付け以上の意味を持ちます。
特に「両忘(りょうぼう)」という禅語の視点から掃除を捉え直すと、日々の家事が、最高のメンタルケアへと変わります。
「両忘」とは何か?
「両忘」とは、対立する二つの概念(二元論)をどちらも忘れる、あるいは超越することを指します。
対立する二つの概念というのは、例えば「善と悪」、「得と失」、「美と醜」、「主体(自分)と客体(掃除道具)」などです。
私たちは日常生活の中で、無意識に「綺麗にしなければならない(善)」や「汚いのは嫌だ(悪)」といった判断を下しています。
しかし、この「判断」こそが、実は心の疲れや執着を生む原因となっているのです。
掃除における「両忘」の境地
掃除を「両忘」の実践として行うとき、そこには「綺麗にしようという欲」も「面倒くさいという嫌悪」も存在しません。
両忘の境地に至るためには、以下の2つを実践すると良いでしょう。
「綺麗・汚い」を忘れる
「ここが汚れているから嫌だ」という感情を一旦脇に置き、ただ目の前の床を拭く。
綺麗になった結果を求めるのではなく、拭いている「動作そのもの」に没入します。
「自分と道具」の境界を忘れる
集中が深まると、雑巾を動かしている「自分」と、動かされている「雑巾」の区別がなくなっていきます。
これが禅でいう「三昧(ざんまい)」の状態です。
「掃除を終えた後のスッキリ感」をゴールにするのではなく、「今、手を動かしている瞬間」そのものをゴールにするのが、両忘の掃除です。

日常に活かす「両忘の掃除」のススメ
特別な修行は必要ありません。
以下のステップを意識するだけで、掃除が「動く瞑想」へと変わります。
一つの動作に徹する
スマホを見たり、他のことを考えたりせず、ただ「掃く」「拭く」「磨く」音や感触に集中します。
評価を下さない
「まだこんなに汚れている」といった自己評価を捨てます。汚れを見つけたら、ただ「そこにある」と受け止め、淡々と手を動かします。
結びに ― 汚れと共に「こだわり」を流す
「両忘」の心で掃除を終えたとき、不思議と部屋だけでなく心も軽くなっていることに気づくはずです。
それは、部屋のゴミと一緒に、私たちの心にこびりついていた「こうあるべき」という執着(両端)を忘れることができたからです。
忙しい毎日にこそ、ほんの5分、すべてを忘れて「ただ、磨く」時間を作ってみませんか?




















